実家で一人で暮らしている母は、ご近所の方に
とても親切にして貰っています。

最近は、近くのコンビニにさえ一人で出かける
のが困難になってきました。

そんな中、とりわけお世話になっている隣家の
小父さんに挨拶に伺ったところ
「わしも最近はあんまり(いろいろと)して
あげられんし、まぁしっかり見てあげてください」と言われました。

最後に言われた
「しっかり見てあげてください」
の一言に反応し一瞬心の中が波立ってしまった
私です。

その時の反応とは、
・責められているような気がした
・母を見てないと言われてるような気がした
・母を一人にしておくのは限界だと言われたような気がした
のです。

もし、カウンセリングもコーチングも学んで
こなかったら私は勝手に「気がした」ことを
そう言われたかのように解釈し
これまた自分勝手に「傷ついた」のかも知れません。

一瞬「反応」した私ですが
いつも言葉少なく行動で思いやりを示して
くださる小父さんの言葉の背景を想う時
精いっぱいの励ましをくださっている事
が自然に受け取れて感謝の気持ちが湧いて
きました。

「気がした」ことは、私の中にあること
なのです。
私は母を一人にしておくことに限界を感じて
います。母があの家から離れたがらない
現実もありますが、長女の私がなんとか
しなくてはとの思いもあります。

人は、聴きたいように聴き
時に、自分のその解釈から
傷つくことを選択している
こともあるのかも知れません。

そんなことを思った、母との一日でした。

参考記事:見る目